君が代を右に

■日本「学校で君が代歌わせよ」
日本政府が子供たちに愛国心教育を強化する。
日本の文部科学省が28日に告示した小中対象の改正学習指導要領は、総則に「我が国と郷土を愛する」という表現を加えた。また小学校の音楽時間の指導の要領では「(日本国歌である)君が代を指導する」という部分が「君が代を歌うように指導する」と改正された。
これまで愛国心関連内容は道徳科目で「国を愛する」、社会科目で「国を愛する心情」のように含まれていたが、学習指導要領総則に表記されるのは初めてだ。新学習指導要領は小学校では2011年、中学校では2012年から適用される。
愛国心教育を強化する新学習指導要領の法的根拠は2006年に改定された教育基本法だ。1947年から施行された旧教育基本法は、日本強占期の軍国主義教育に対する反省として国家、軍国主義を否定し「個人の尊厳」を強調してきた。右派勢力たちは「戦後教育の多くの弊害は現行教育基本法が愛国心を無視したまま個人の権利尊重にあまりにかたよっているから」とし、愛国心教育を強化しようと要求したが、日本社会は拒否してきた。
そうして90年代初盤、バブル経済崩壊以後、長年の景気低迷の中に日本社会に右傾化の動きが起こることで、変わり始めた。2000年、日本政府教育改革国民会議に続き2003年、中央教育審議会が改正が必要だという意見を提示した。そして右派政治家である安倍晋三前首相が2006年教育基本法改正を公約として掲げ、首相に就任した後59年ぶりに改正した。今回の学習指導要領改正は後続措置だ。
しかし学校の現場では多くの反発が予想されている。石原慎太郎東京都知事が数年前から入学、卒業式は国旗を掲げ、教師と子供たちが起立して君が代を歌うよう要求すると、多くの教師や市民団体が「過去の軍国主義に回帰する」として反対してきた。昨年は起立して君が代を歌わない教師らが懲戒を受けた。今回改定された学習指導要領に「君が代を歌うように指導する」という内容が盛り込まれたのは、教師らに愛国心教育をせよと圧迫しようとする政府の意志と解釈されている。朝日新聞は28日「自民党内の保守派たちがこの内容を記すよう圧力をかけた」と報道している。
同紙はまた「教育基本法改正時、中央教育審議会議が3年間、意見を取りまとめたものに照らしてみれば今回の改正は性急に行われた感がある」と報道した。先月公開された改正案がひと月で愛国心教育を強化する方向に早急改正され、告示されたというのだ。これに対して渡海紀三郎文部科学相は「教師らが意識をもって子供たちを指導してほしいというものであって、(新しい指針が)成績に反映されるものではない」と説明した。
一方、与野党議員たちに構成された「日本会議国際議員懇談会」所属議員たちが、今度の改正案に独島(トクト、日本名竹島)領有権問題を中学校の社会科目に入れるよう要求したが、文部科学省が「政治的判断」として拒否したと朝日新聞が伝えた。 (中央日報:2008.03.29)

みなさんは「君が代」、即ち日本の国歌をどう思っていますでしょうか。歌った事がない人はたぶんいないでしょう。私が生徒の頃は事ある毎に歌っていましたが、最近は日教組とかいう変な先生方や一部の「良識的市民団体」がこれを歌う事を拒否し、歌わせることを軍国主義復興と見做すようです。
石原慎太郎東京都知事が数年前から入学、卒業式は国旗を掲げ、教師と子供たちが起立して君が代を歌うよう要求すると、多くの教師や市民団体が「過去の軍国主義に回帰する」として反対してきた。
「君が代」の歌詞はこうです。
君が代は 千代に八千代に
細石の 巌となりて
苔のむすまで

ここでいう「君」はまぁ、普通に解釈したら天皇です。私が歌っていた当時はこういった古典的文章を読解するスキルが根本的に欠落していたので「意味不明な歌だなぁ」程度の認識しかありませんでした。すっごい要約した現代訳をするとしたら、
天皇陛下の治めるこの世の中が、こまごまとした小さな石が大きな岩になり、更に苔が覆うほど永きに亙って続きますように
国歌としては非常に普遍的な愛国的な歌です。しかし、左の人にはこの「天皇」を中心とした観点が気に入らないご様子。天皇を中心とした国家観は軍国主義の再生なのだそうです。でも、戦前、天皇が実際に政治的権力を持っていた時代ならまだしも、現在の日本において天皇は「象徴」とされ、極端に言えば国民に与えられている自由思想が許されていないのです。私は別に右の人じゃないし、ニュースとかでいちいち尊敬語で語られる皇室ニュースになんだかむず痒いものを感じてしまうような人間ではあるのですが、それでも天皇は特別な人、という認識くらいはあります。福田某というぱっとしない政治家とは、(江原某みたいでちょっと嫌な表現なのですが)「オーラが違う」と思うのです。なんていうか、佇まいからして厳かで、それでいて優しそうなおじいさん。昔の日本はこういった人が多かったのではなかろうかと思います。ちょっと話が脱線しましたが、「君が代」が軍国主義復活だというのならば、只の象徴でしかない、政治的権力を一切持たない人を(それも非常に日本的に、婉曲的表現を用いて)称える歌がどれほどの軍国力になるのでしょう?甚だ疑問です。それを言うのなら、主体(チュチェ)思想を崇敬する日教組なる団体や、自称良識的市民の君が代否定は共産主義的圧力ですよね。共産主義が悪いとは言いません。でも、現代で生き残っている共産主義国家を見たらどっちが幸せかは分かりそうなものです。
「愛国心」というのはそれだけで左の人は騒ぎそうなものですが、自国を愛さない国民なんてのはどうなんでしょう。GHQ占領下以降の自虐的日本史観に凝り固まった人々は、(私を含め)日本という国家に対する誇りをなかなか持てないでいます。今年開催される北京オリンピック(個人的には、日本は抗議の意味でボイコットしてほしいくらいなんですが)や、ワールドカップ、WBCなど、国家対国家のスポーツ対決で日本代表が頑張った時くらいではないでしょうか。自国を愛する事は罪ですか?違いますよね。国歌のみならず、小児教育の段階から愛国心を刷り込む教育なんてのはほぼ全ての国家で行っている事です。日本は例外なんです。なんでか?と言われたら私も具体例は挙げられませんが、強いて言うなら特定アジアの人達がうるさいからでしょう。人の国の教科書に外国の歴史観、倫理観を押し付けてくるこういった国のせいでデフレスパイラル的に愛国教育が出来なくなる。寂しい事です。国旗にしてもそうです。ほぼ全ての国家は国旗について憲法レヴェルでの解釈が与えられ、これを損壊する事は犯罪です。しかし、日本は「日の丸は大丈夫だけど、他の国の国旗は傷つけちゃダメだよ」と法で決まっているのです。そのお陰でかの国では事ある毎に燃やされます。生理用ナプキンと揶揄されます。それでも法で裁けません。
とどのつまり、日本は怯え過ぎなんだと思うんです。もっと強く発言していいと思うんです。「君が代」のおおまかな歌詞の意味が分かったのはそれなりの年齢になってからですが、音楽的にも荘厳でいて簡潔。決して卑下するような歌じゃありません。2002年のワールドカップではこの曲にブーイングするという非常識な国があった訳ですが、そんなのは只のやっかみです。胸を張っていい曲だと思いますよ。ていうより、国歌を拒否する教育者は、子供をどんな大人にしたいんでしょうか?理解に苦しみます。ゆとり教育の崩壊から幾許かの歳月が経ち、その子供が自国に胸を張れるような子供になって欲しいです。どうせ「君が代」撤廃になったとしても新しい国歌が作られるのは至極当然なので、自称良識人はこのくらい奥ゆかしい、如何にも日本的な歌くらい寛大な心で見逃してあげようじゃないですか。

近代日本の発展ほど世界を驚かせたものはない。一系の天皇を戴いている事が今日の日本をあらしめたのである。私はこのような尊い国が世界に一ヶ所位なくてはならないと考えていた。
世界の未来は進むだけ進み、その間、幾度か争いは繰り返されて、最後の争いに疲れる時が来る。その時人類は、まことの平和を求めて、世界的な盟主をあげなければならない。この世界の盟主なるものは、武力や金力ではなく、あらゆる国の歴史をも抜き超えた、最も古く、又、尊い家柄でなくてはならぬ。世界の文化はアジアに始まって、アジアに帰る。それはアジアの高峰、日本に立ち戻らねばならない。
我々は神に感謝する。我々に日本という、尊い国をつくって置いてくれた事を・・・

(アルバート・アインシュタインの発言より引用)

P.S.中央日報の最後の竹島云々は完全に蛇足だよね。早く国際法廷で裁判しましょうよー。

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コメント(9)

根本的な誤認があるようなので一言。
君=天皇は間違いではないですが、正確ではないです。
「君」とはそもそも君主を挿す言葉で、統治者すなわち政治的最高権力者を指すものです。
そう言う意味で象徴天皇は「君」には当たらないと思います。
君が代=軍国主義というのはそう言う理由に基づくものです。
「君が代」というのも民主主義にはそぐわないと思います。国民全員が主権者なのに、国は「君」のものであるというのもおかしいでしょう。
だからこそ、君が代肯定派は「君」=国民であると主張しているのですが。

>自国を愛さない国民なんてのはどうなんでしょう
これは同意です。
でも、それって強制することでしょうか?
>愛国心を刷り込む教育なんてのはほぼ全ての国家で行っている事です
だからといってそれが正しいわけではないですよね?
「愛国心」を強調する国にろくな国はない気がしますけど。
愛国心、って自然に育つもので、刷り込んだりするものではないと思います。
刷り込もうとすることで、本来よいものであるはずの愛国心が独善的なものにゆがんでいってしまう気がします。
自然と愛国心を持てるような教育というのはあってよいと思いますが、
はっきりいって現在の教育現場には不可能です。
そうである以上、おかしな教育にならざるを得ない。そう言う危惧があると思います。
もちろん、戦前、戦中の前例もありますが。
ああなるのが目に見えている、と言うことです。
愛国心が悪いわけではなくて、「愛国心」という「大義名分」が一人歩きしてしまうことが問題なんじゃないでしょうか。

そもそも解釈が割れるような国家はどうなのか、と言う点、
また、その解釈はともかくとして、軍国主義の旗印に使われてしまった消しようのない過去、それに基づく各国との軋轢
この辺を鑑みるに、過去の軍国主義とはきっぱり決別するという意味でも、国歌は変えた方がいいと個人的には思います。
いつまでも執着するからこそ、他国の批判を呼ぶのだと思いますが。

>なぎちゃん
やや言葉が足りなかったかな、と思い、自分なりの弁明を。
「君=天皇」の解釈は飽くまで君が代が成立した時点での解釈
としてそのまま引用した訳で、元々は「"君"は誰なのか?」
という点ははっきりしないようです。「君」だから「君主」というのは
必ずしも正解ではないと思います。天皇の世としても、
「主権者=国民」としてもいくらでも解釈可能です。
そもそも国家統治者だとしたら、それは誰なのでしょう?
普通に考えれば首相となりますね。しかし、それを直接軍国主義に
接続するのはいささか牽強付会だと思うんです。無論、戦前では
君=天皇で正解、引いては軍国主義の象徴です。しかし、
現代日本でいちいち60年以上も昔の人を尊ぶ理由がありましょうか?
(というか、歌の歌詞の解釈を時代毎に変える事自体ナンセンスです。
君が代の由来とされる和歌が古今和歌集に収録されているそうですが、
本来は九州の王を指す言葉だったとの事です。だからといって、
それを引用して国歌とした明治政府が九州の王を宗主としたか、
と言えば当然「NO」です)
そもそも、国歌はもとより、国旗などその国を表す「記号」を
そうほいほい変えているような国家はそれはそれでどうか?
と思います。明治政府発足で他国から「主権国家」として認知
された事、つまりは近代国家としての日本国の成り立ちから
考えれば、一枚岩としての「国」として成立した証拠として、
今日の国歌や国旗があるのだと思うんですね。別の言い方をしたら、
敗戦によって大日本帝国=帝国主義の崩壊の時点が国歌や国旗を
変えるタイミングとして最も適当であったと私は考えます。
しかし、これらは結局そのまま現代まで残っています。
現在、君が代や日の丸などに対して批判的な態度を執っている
国家(「特定アジア」と呼ばれる国々)は、GHQ占領下にあった
弱体化した帝国主義の残渣の日本に対してそういった行為を
行わず、それが戦後を経過し、日本と言う国が憲法で非戦を
宣言しているにも関わらず、時間が経つにつれて風当たりが
強くなるというのは妙な話です。自衛隊を軍隊と関連付ける
意見もありますが、自衛云々以前に自衛隊は軍隊として機能
するだけの実力が無いとも言われます。軍縮してるとはいえ、
確かに防衛費は高いです。でも8割が人件費だという話もあります。
兵役も徴兵も否定されているこんな国が「君が代」を歌った
くらいで、靖国を参拝したくらいで軍事国家になれるでしょうか?
なれるわけありません。仮に前述したような批判的国家との
軍事戦闘になったら日本はすっぱり占領されます。
引用した「中央日報」にも数箇所「日本の右傾化」という記述が
ありますが、むしろ今迄左傾化が激しすぎただけと私は考えます。
右翼主義者(街宣車とかのアレ)や、所謂「ネット右翼」も含め、
思想としては兎も角戦力にはなりません。さんざ日本の軍国主義復古を
騒ぎ立てる国のほうが着々と軍拡している現状では説得力に欠けます。
そういった意味で、君が代と軍国主義を一括で考えてしまうのは
危うい考え方ではないかな、と私は思うんですね。

>>自国を愛さない国民なんてのはどうなんでしょう
>これは同意です。
>でも、それって強制することでしょうか?
>>愛国心を刷り込む教育なんてのはほぼ全ての国家で行っている事です
>だからといってそれが正しいわけではないですよね?
これは完全に私の失言としか言いようがないですね。
私が言いたかったのは、「他の国は自分の国の良い所をきちんと教育
している。しかし、日本は悪い部分、ことさら太平洋戦争に
置ける侵略的行動を中心として、ネガティヴな印象を与えるような
教育になりがちである」という事で、現在マイナスである愛国心を
せめて0になるくらいまで補正すべきではないのか?という事です。
歴代首相はアジアを訪問する毎に頭を下げ、謝罪の旨の発言を
している。戦争が終ってもう半世紀以上経っているにも関わらず、
です。そういったニュースが事ある毎に流されれば、子供は
そんなに酷いことをしていたんだな、日本は悪い国なんだな、
と嫌でも思うでしょう。太平洋戦争の際の日本領土は確かに
東南アジア緒域に亙り、侵略戦争だ、と言われれば否定は出来ません。
しかし、日本の前にこれら国々を植民地としていた西洋国家とは
異なり、日本はその国民を自立させようという教育を施し、それが
契機となって東南アジア諸国の独立意欲を駆り立てたという事実も
否定は出来ないのです。現在、インドネシアやインドなどは
自称「世界一の親日国家」を名乗っています。タイなどは
太平洋戦争中に日本が借りた借金を、敗戦した日本に同情し、
1/40にまで値引きしたそうです(「(こんな値引きに応じて)"国へ帰ったら、
殺されるかな"とフッと思った。けれど、"まあいいや、友邦日本は
悲惨な状態なんだから"と自分に言いきかせました。団員も同じ気持ち
だったのです」ソムアン・サラサス(タイ側交渉団))。参考資料として、
戦後50周年の際に行われた読売新聞の『第2次世界大戦中に行なった
行為は、今でも日本との関係の発展を妨げているか?』という
世論調査を引用してみます。

妨げている
韓国     71%
中国     49%
タイ     36%
マレーシア  25%
ベトナム   13%
インドネシア 12%

マレーシアの25%も考えようによっては高い数字なので、
これだけで一概には言えませんが、基本的に元々西洋の植民地化を
受けていた国家では日本の評判はそこまで悪くないのです。
日本を犯罪国家と断罪した東京裁判ですら、戦勝国による
リンチ行為であったとの見解が当の戦勝国側からすら出ている
現在。もう一度書きます。侵略は否定しません。しかし、
結果としてそれを未だに引きずって非難するのは如何かと思うんです。
つまり、「日本は侵略した。悪い。」ではなく、
「侵略してどうなったのか?その後どういった関係を築いて来たのか?」
「未だに侵略に対して謝罪を求めるのは何故か?」
という点を教えていくべきなのではないかな?と思うのです。
そういった点を国民が認識しない限り、国歌を変えようが
国旗を変えようが批判は続くでしょう。乱暴な言い方をしたら、
君が代も、日の丸も、靖国も、太平洋戦争とリンクしているばかりに
矢面に立たされているだけなのです。改めて書きます。
君が代が軍国主義を想起させるというのは確かでしょう。
しかし、それは大昔の話です。想起と実行は別です。
連想するだけで鬼の首を獲った様に国際問題に引きずり込むのは
先進国のする事ではないのです。

調べれば分かる事ですが、前述したアンケート通り、このような
問題を未だに引きずり、増幅させているのは韓国、中国、北朝鮮
だけです。よって、この3カ国を通称「特定アジア」と呼称し、
かつて日本が占領した他のアジア国家と区別するケースが多いのです。

>本来は九州の王を指す言葉だった
だからこそ、君=君主なのではないかと。
現代日本において君主が存在するかと言えば答えはNoです。
だからこそそぐわないのではないかと。
首相はあくまで代表であって統治者と呼ぶのはムリがあるかと。
>歌の歌詞の解釈を時代毎に変える事自体ナンセンスです。
まぁ、その通りだと思います。でも実際、各年代で解釈が違ってますよね。それはどうなのかなぁ、と。国歌としてふさわしいのか、と。
>兵役も徴兵も否定されているこんな国が「君が代」を歌った
くらいで、靖国を参拝したくらいで軍事国家になれるでしょうか?
それはその通りなのですが、世の中にはそうは思っていない人が大勢いるんです。
特に政治の中枢に。
どこかの知事も徴兵制云々という発言をしていたかと思いますが。
彼らの思うとおりに事が運べば、軍国主義国家も絵空事ではない、ということです。近い将来ではないにしても。徐々に徐々に、そう言う方向に持って行かれる可能性というのは否定できないと思います。
そして、徐々に進んだ場合、国民はたやすくだまされる。
>ネガティヴな印象を与えるような
教育になりがちである
本当ですか?
近代史はろくに教えていない、と言うのが本当のところです。
ネガティブもポジティブもなく、ただ一切教育をされていない。
731部隊を教えている学校がどこにあるでしょうか?
(まぁ、なかったという主張もあるようですが。その是非も含めて)
太平洋戦争に関して、ネガティブに考えている日本人はほとんどいないと考えています。
何が事実で何が事実でないのか、ろくに知らないまま、
そんなに自分の国は悪いか、と思っている人がほとんどでしょう。
だって、実際中韓に対してはいつまでもうるさい、としか言わないでしょう?
それは自分たちが悪いとはさらさら思っていないからです。
まぁ、結局のところ
>「侵略してどうなったのか?その後どういった関係を築いて来たのか?」
「未だに侵略に対して謝罪を求めるのは何故か?」
という点を教えていくべきなのではないかな?と思うのです。
っていうことになるんじゃないかと。
現在の教育現場には荷が重すぎますが。
じゃぁ、なんで愛国心がないか、っていったらなんなんでしょうね?
そもそも愛国心ってなんでしょう?
四季折々の変化にあふれる風土についてはおおむねの人が愛着を感じてるんじゃないかと思いますが。
まぁ、最近のお子様はよくわかりませんけど。
あとはまぁ、一度明治に今までの文化をすべて否定した国ですからねぇ・・・なんとも。
国家についていうなら、そんなにほめられた国家か、と思っちゃいますけど。
それこそ、ころころ首相の替わる国なんて他にないですし。
愛国心についてはこないだ誰かがTVで、国語教育を強化して、もっと本を読ませるべきだ、それによって感受性が育まれる、と言ってましたが、まさしくその通りなんじゃないかと。

寝ぼけた頭で打った文章は矢張り説得力が無いなぁ、
と思ったので一応レスポンスを返してみます。
>>本来は九州の王を指す言葉だった
>だからこそ、君=君主なのではないかと。
これは「諸説ある」という点で言及すべきだったのですが、
もっとストレートに「君=恋人」とし、恋文であった、
という解釈もあった、という事を付与しておきます。
(Wikipediaで調べるともうちょっと詳しく書いてあります)
>>歌の歌詞の解釈を時代毎に変える事自体ナンセンスです。
>まぁ、その通りだと思います。でも実際、各年代で解釈が違ってますよね。
>それはどうなのかなぁ、と。国歌としてふさわしいのか、と。
しかし、そうなると世相によって国歌や国旗がコロコロ変わる
不安定な国になってしまうのではないかなー?と私は思います。
100余年に亙って変わらない、象徴としての歌っていうのは
伝統を重んじる日本的なイメージがあるので、「日本にとっては
ふさわしい」とむしろ私は思いますけどね。それでも、
変えたいと思う人が殆どなのであれば変えてもいいでしょう。
ここいらでひとつ、改憲以前に国歌の改定云々の世論調査なり
選挙なり(注釈:選挙になると成人のみの意見が反映されてしまう
ので、例外的に未成年にも何らかの形で関与が可能なものに
するとか。適切な単語が考えられなかったので敢えて「選挙」
という単語を用いました)で、意識調査をしてみるというのも
手かも知れません。しかし、私は最初に言っている通り、
「君が代」に悪い印象を持っていませんが。
>>兵役も徴兵も否定されているこんな国が「君が代」を歌った
>>くらいで、靖国を参拝したくらいで軍事国家になれるでしょうか?
>それはその通りなのですが、世の中にはそうは思っていない人が大勢いるんです。
>特に政治の中枢に。どこかの知事も徴兵制云々という発言をしていたかと思いますが。
>彼らの思うとおりに事が運べば、軍国主義国家も絵空事ではない、ということです。
>近い将来ではないにしても。徐々に徐々に、そう言う方向に持って行かれる可能性というのは
>否定できないと思います。
>そして、徐々に進んだ場合、国民はたやすくだまされる。
その政治の中枢というのが具体的にどの辺りを指しているかは、
政治にかなり疎い私には判りかねますが(そんな人間がこんなテーマを
使う方が不適切かとも思いましたが、プロパガンダ工作しようなんて
思ってる訳ではないのでただの一意見だとしとけばいいのかな)、
湾岸戦争やイラク戦争などへの自衛隊派遣推進派の政治家をそうだと
するのなら、それは誇大妄想だと思いますけどね。それが「軍事戦闘を
主眼とした行動を旨とすべき」ならまた話は変わってきますけれど。
あと、無責任な発言だと思われてもいいので書きますが、
近い将来ではなく、徐々にそういう方向に向かうのであれば、
そんなのは将来展望が過ぎると思います。仮に軍事大国化が50年先だと
したって、少なく見積もって20年先だとしても、そこまで至るプロセス
を見極めて活動出来る政治家が果たしているでしょうか?何故なら、
軍事大国化するのなら、その「大勢の軍事大国化を望む人々」が
いくら活動しようが、軍事大国化は日本だけ見てればいい訳ではないのですから。
無論、あちこちに自国の目先だけで軍拡を推し進める国なんて掃いて捨てるほど
ありますけれど、大抵は国際世論に袋叩きにされるのがオチです。
地理的、資源的にも、日本だけで軍事大国化するのはやや無理がある話なのでは
ないかなー?と思いますけどね(ハルノートだけで玉砕覚悟の戦争に
至った大日本帝国を振り返らずとも、自国及び周辺国家の軍需資源の乏しさから
考えれば無謀です)。中国は論外としても、過去に日本による統治の経験のある
東南アジアが、軍国化した日本に資源供与をするかと言えば可能性は余りに低いです。
思想云々以前に、現実味が無い話だと思います。それがその「軍国化推進派」の
イデオロギー操作によってそう思わされているのならば、軍国化の開始は成功
しているのだ、という事になりますけれどもね。
>>ネガティヴな印象を与えるような
>>教育になりがちである
>本当ですか?
>近代史はろくに教えていない、と言うのが本当のところです。
>ネガティブもポジティブもなく、ただ一切教育をされていない。
>731部隊を教えている学校がどこにあるでしょうか?
>(まぁ、なかったという主張もあるようですが。その是非も含めて)
>太平洋戦争に関して、ネガティブに考えている日本人はほとんどいないと考えています。
>何が事実で何が事実でないのか、ろくに知らないまま、
>そんなに自分の国は悪いか、と思っている人がほとんどでしょう。
>だって、実際中韓に対してはいつまでもうるさい、としか言わないでしょう?
これは私が高校で日本史を選択しなかった為に実情を知らずに書いた、という
点は確かにありますが、近代史をろくに教えない、という時点で間違って
いると考えますが。そのような基礎的知識を得ていない状態で昨今の
事あるごとの政治家の周辺国家への謝罪や、特定アジアがよく声高に
叫ぶ「朝鮮半島植民地化(所謂「日帝36年」)」「従軍慰安婦問題」
「南京大虐殺」「強制連行」などをマスメディアから報じられたらどう考えても
ネガティヴな印象を持つでしょう。それは学校教育の放棄による
二次的な自虐的国家観の教育だと思うんですがどうでしょうか?
事実、私も前述の通り日本史を専攻しなかった為に、余計にずっとそう
思っていました。しかし、そういった面を挽回すべく作られた所謂
「つくる会」の歴史教科書は非常識な他国の内政干渉もあって(無論問題点はそれだけでは
ありませんが)結局超マイナーな教科書にしかなれていません。
これではおっしゃる通り「太平洋戦争がどういう経緯で発生し、その結果
何ゆえ特定アジアが未だにうるさいのか」を知る事など出来ません。ただ、
>それは自分たちが悪いとはさらさら思っていないからです。
これに対してはちょっと賛同し兼ねます。某ニュースキャスターは
「日本人の罪は日本人に生まれた事」などという暴言を吐いたことも
ありますが、終戦の年に生まれた赤ちゃんがもう63歳である、という
現在に於いて、若者どころか中年に至っても生まれる前の国家行為を
詫びる必要があるのでしょうか?そこが日本的思想と中華的思想の
相違点であると言ってしまえばお仕舞いですが。
(過去の事は水に流す、なんてさばさばと考えてるのは日本だけですよ)
だからこそ、今の日本人は「理由は判らないけど謝ろう」と短絡的に
考えてしまうのです。理由は判らなくとも、謝罪してしまえば結果的に
罪になってしまうのです。たとえが悪いですが、痴漢行為の冤罪に近いですね。
身に覚えのない罪をいつまでも吹聴されれば「うるさい」と思うのは至極当然な
考え方だとは思いますけどね。
>まぁ、結局のところ
>>「侵略してどうなったのか?その後どういった関係を築いて来たのか?」
>>「未だに侵略に対して謝罪を求めるのは何故か?」
>>という点を教えていくべきなのではないかな?と思うのです。
>っていうことになるんじゃないかと。
>現在の教育現場には荷が重すぎますが。
その教育が出来ればこんなに苦労はしないのでしょう。
しかし、一昔前とは異なり、ネット社会なら自分に学ぼうとする
「意識」さえあれば、比較的容易にこういった問題の真意は
学ぶ事が出来ます。ようは各々の意識次第ですね。
前述の「つくる会教科書」なんかも、書店で購入可能なんですから。
教育現場が余りにも左傾化している、というのは私の気のせいかも
知れませんが、どちらにせよ現状では望みはありません。
愛国心は教えるものではないけれど、教えない事によって
失うというのはまぎれもない事実です。
私は日本が好きです。日本人に生まれて良かったと比較的よく思います。
それは他の国と比べてどうだとか言う以前に、余りにも当たり前に存在する
「文化」というものをこれだけ享受出来る事に対する喜びです。
それは他国と比較することで更にコントラストがはっきりします。
そういう風に、「この国に生まれてよかったなぁ」ってかすかにでも思えれば、
それがきっと愛国心なんだと思います。
首相がころころ変わったりだとか、そういう点で自慢は出来ないけれど、
愛国心は外に向けるものではなく、非常に内向的な、アイデンティティのような
ものだと私は考えます。そういった「土台」を作る教育くらいはしてもいいと
思いますけどね。なんか君が代と全然関係ない話になっちゃいましたけど。

ちょっと書き方が悪かったようなんで
>それは自分たちが悪いとはさらさら思っていないからです。
そのことを非難する意図で書いた訳じゃないです。
言われているほど日本人は自分たちの国をネガティブに考えてはないんじゃないか、と。
一般国民は過去のことと思っている人が大半じゃないかと。そんなとこです。
ただ一方で、やった方は忘れても、やられた方はなかなか忘れない、と言うのも事実かとは思いますが。
そう言う面で、中韓の反応も致し方ないんじゃないかとは思います。
まぁ、多分に政治的思惑もあるんでしょうから、難しいとこもありますけど。
それを日本人として、どう受け止め、どう対応していくか、ってのはまた別の問題かなぁ、と。
まぁ、少なくとも、国民の大部分が悪いと思っていないのに、政治だけが表面的な謝罪を繰り返すのは
双方にとって無益であるばかりか有害なように思いますけど。

>過去の事は水に流す、なんてさばさばと考えてるのは日本だけですよ
そこが問題なのかも。アメリカをすっかり受け入れてしまった日本人には
中韓の言うことは理解しがたいのかもしれません。

>愛国心は外に向けるものではなく、非常に内向的な、アイデンティティのような
もの
そのとおりに真っ当にはぐぐまれるなら、それはよいことだと思います。

んー、なんていったらいいんだろ。
愛国心って持っても持たなくても、いいんじゃないかなって。
大事なのは歴史と現状を正しく理解して、どう思うか、ってことなんじゃないかなぁと。
愛国心とか日本史必修とか、なんとなく方向があさってを向いている感じがするんです。
そんなお題目みたいなもので、本当によくなるのかな、って。
むしろ、教え方自体を根本から考え直したほうがいいんじゃないかなぁとか。
だんだん書いててわけ。わかんなくなってきましたが。

>君が代の解釈
一応その辺は承知してます。
正直、君が代強制とか言うことがなければ概ねどうでもいいんですけど。
いろいろな解釈がある以上、個々人がどう考えようと勝手で、
勝手な解釈を押し付けて強制するって言うのはどうかなぁ、ってだけです。
私の解釈はすでに述べたとおりなので。
語弊があったようなので、付け加えると、=軍国主義というわけではないです。
王政なり、統治者が存在する国家、というくらいの意味です。
積極的に否定するほどではないですが、肯定はしません。

(何度も長々とすいません・・・)

ちょっと長くなっちゃいましたけど、一応なんとか
締め括り出来ればいいかな、と思い、レスポンスを
返してみます。
>言われているほど日本人は自分たちの国をネガティブに考えてはないんじゃないか
これに関しては、「現在の日本は悪いことをしているとは思っていないけど、
太平洋戦争は『悪だった』」という認識がまず一つ。実際に戦時を経験している
ご老人は兎も角として、戦後世代で太平洋戦争の経緯などを的確・客観的に把握し、
中庸或いは肯定的に認識している人は非常に少ないと思うのです。そういう
意味で「ネガティヴ」と記述致しました。つまり、特定アジアの文言通り、
「日本は絶対悪である」という極端な自虐国家史観というのは兎も角、
「戦後いろいろ世の中の為になるような事はしてきた。でも太平洋戦争は悪い
事をしたんじゃないの?」という感じの認識が的確な表現かな?と思うのです。
興味深いデータとして、英BBCと読売新聞社が行った世論調査「世界に対して
良い影響を与える国、悪影響を及ぼす国」という中から少し抜粋してみます。
まず総合的データでは、世界各国(対象34ヶ国)全体で日本は「良い影響56%」と
され、これはドイツと並びトップです。一方、悪影響は21%と下から二番目。
問題はそれを国家別のデータとした場合です。日本自身への回答は、
悪影響こそ15%と低い水準であるにも関わらず、良い影響は36%に留まっているのです。
これが日本国民の謙虚な姿勢なのか、それとも過剰な国家への無関心さの
現れなのかは難しい所ですが。私なりに解釈すると、「いい事はしてるけど
結局は金の問題で、昔は悪いこともしてたでしょ」という意識の現われではないかと
思うのは穿ち過ぎな考えでしょうか。
(余談ですが、日本に対する悪影響を指摘するポイントが極端に高い国は矢張りと言うか
韓国52%、中国55%で、三位に続くエジプトの38%からすると突出してると言って過言では
ないでしょう。また、「良い影響」を悪影響が上回っているのも中韓だけ)

>>過去の事は水に流す、なんてさばさばと考えてるのは日本だけですよ
>そこが問題なのかも。アメリカをすっかり受け入れてしまった日本人には
>中韓の言うことは理解しがたいのかもしれません。
「過去の事は水に流す」というのはアメリカ流の考えと言うより、昔から
続く日本的な意識だと思いますけどね。平将門の首塚や、菅原道真の太宰府天満宮
なんかはちょっと意識が違いますが(あれはいわば「死後の呪いを防ぐ為
奉り挙げる」為の物ですし)、元寇で戦死・処刑された元の兵士を弔う「蒙古塚」など、
それが侵略者、敵国の死者であろうと、死んでしまえば罪は問わない、という
意識自体、それほどの昔から存在してはいるのです。しかし、逆にこれは
日本の美徳というよりも奇特な伝統のようで、朱子学などを中心とする
中華圏では「敵は死者でも鞭を打て、恨みは石に刻め」とあり、死んでも罪は
消え去らないとの考え方が一般的なようです(蒋介石が汪兆銘の墓を爆破するなど、
日本では「死者の冒涜」となる概念があちらにはないのです)。無論、これは
特定アジアの人格を疑う旨の発言ではなく、そういう文化なのである、という
事を付与しておきます。こういった真逆な「罪」への認識があるからこそ、
日本人は「なんでまだ太平洋戦争の事言ってくるの?」と思ってしまうのでしょう。
(余談:毎回難癖をつけられる靖国にも朝鮮人は奉られています。東京裁判で処刑
された人の中にも朝鮮人が148名居た事を念の為追記します)
あ、「アメリカをすっかり受け入れる」という行為を「水に流す」と書いたのかな?
でもそれって別に悪いことじゃないですよね。

>愛国心って持っても持たなくても、いいんじゃないかなって。
とりあえず、今回のレスで一番共感できたのはこの文章。
ここで原点に戻りますが、今回問題になったのは君が代の推進であり、
愛国心はそれに付随する形で強化すべき、というのが本筋だったはず。
日本が嫌いな日本人だっていくらでもいます。そこに「国を愛せ」と
押し付けるのは確かに行き過ぎかとは思います。だけれども、
今日の「平和ボケ」とも揶揄されるような安穏とした生活が送れるのも、
日本人に生まれたからこそだという点は認識すべきだとは思います。

>君が代強制
まぁ、今回の話は飽くまで「推進」であり、強制ではないのですが、
教育現場で拒否したが故に処分を受けた教員がいる時点で強制力を持っている
のは確かです。ただし、少し話を巻き戻しますが、そのような教員が
君が代を軍国復古という解釈で拒否したというのであれば、
>大事なのは歴史と現状を正しく理解して、どう思うか
この素地を作るだけでだいぶ見解は変わるのではないかな?つまり、
太平洋戦争の下地を学ぶだけでも意識は変わってくると思うのですが。
(ただし、エントリ最初で記述した通り、日教組という組織がある段階で
それはかなりの難易度を誇る教育である事は事実です)

蛇足ですが、中には君が代の発音、メロディはそのままに歌詞を変え、
軍事色を薄めようと働きかけている人々もいる、というものを
引用してみます。
kiss me, girl, and your old one
a tip you need, it is years till you're near this
sound of the dead "will she know
she wants all to not really take
cold caves know moon is with whom mad and dead
訳:僕にキスしたら君のその古臭いジョークにも(サヨナラの)キスをしておやりよ
 君に必要な忠告をあげよう 死者たちのこの声が君に届くまで何年もかかったんだよ
 国家ってのは本当に奪ってはならないものを欲しがるけど
 そのことに気がつく日が来るんだろうか?
 冷たい洞窟だって知ってるんだ
 (戦争で傷つき)気が狂ったり死んでしまった人たちを
 お月さまはいつも見てるってことを

…これこそ「国歌としてどうか?」と思ってしまうのは私だけでしょうか。
まぁ、私は解釈がどうとか言うつもりはありません。君が代を歌おう、
と強制するつもりも毛頭ありません。だけど、2002W杯や2004のアジアカップ
の君が代に対する大ブーイングなどを真に受けて卑下する必要はないよ?
って事が結局言いたかっただけなんですね…

>「世界に対して
良い影響を与える国、悪影響を及ぼす国」
個人的には単にいいも悪いもあまり国際的に影響力を持たないだけじゃないかと・・・。
アメリカの傘下に入ってしまっている影響かとは思いますけど。
まぁ、妥当な数字じゃないかと。
>あ、「アメリカをすっかり受け入れる」という行為を「水に流す」と書いたのかな?
そう言う意味です。
そういう日本人からしてみたら、なんで水に流せないんだ、と思ってしまうんでしょうけど、
そこは国民性の違いとして、しっかり認識すべきで、
責める筋合いではないと思います。
どちらがよい、悪い、というな話ではないと思います。
そこを間違えるからおかしなことになるのだと。

最後に。
今の日本を卑下する必要はないと思います。
ただ、過去は確かに悪であったし、それはそれとしてきちんと受け止めて、
今は違うんだ、ってきちんとアピールしていかないといけないんだと思います。
中韓とつき合っていく気があるなら。

個人的にはうだうだいうんならつき合わなきゃいいじゃんとか・・・(だめか)

ずいぶん長いエントリになってしまいましたが、
なぎちゃん、私共に解釈に概ね
結論が出たと判断し、この文章にて
一応私としてはピリオドとさせて
頂きます。
>良い影響、悪い影響
同じソースで、アメリカに対するデータは、
良い影響35%、悪影響48%であった、
という事を念の為追記しておきます。

>中韓と付き合う
向こうが史実だけならまだしも、
虚実もままならない与太話や
完全な虚構である事件などを
引用して反日教育をしている
間は付き合う必要はないんじゃない
かなー?というのが現状での
私の考えです。こちらを罵倒している
ような輩にこちらから歩み寄る
必要性は無いと思います。
(ただし、韓国は兎も角、中国は
さまざまな産業の下請けを数多く
受注しているので、即刻国交断絶
というのは現実的ではないでしょうけどね)

こちらも一応前回ので結論、ってかんじです。
長々おつきあいいただいてどうもでした。

>同じソースで、アメリカに対するデータは、
良い影響35%、悪影響48%であった
ちょっと笑えました。
アメリカは悪影響の方が多いってのは同意。

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このページは、九石はくねが2008年3月29日 18:25に書いたブログ記事です。

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